年越し
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 え、先輩、今年は実家帰らないんだ?

 三十日まで仕事だしな。年明けも二日から出勤だし。往復だけで休みが終わっちまわ。

 じゃあさ……。





 三上には怒られたけど、自分も実家への帰省をやめにして三上の部屋へ転がり込んだ。
 どうせ実家なんて寮の目と鼻の先にある。
 まあ、そこまで言うのは言いすぎかもしれないが、いつでも帰ることのできる距離にあるのは事実だ。
 三上だけじゃない、両親にも怒られたが(今年は帰らないと告げた父親に元日決勝に出るのかオマエのチームは、と皮肉られたのにはさすがにムッとした。負けるのが何よりキライなのだ、父親は)、あの三上が実家に戻らないと言っているのだ。こんな千載一遇のチャンスを自分が逃すはずがない。

「オマエ、こんなところ来てもロクなモン食えねえぞ」
「えへへ、いいッスよ、別に〜」
 にこにこしながら藤代は部屋へと上がり込む。
 律儀な三上は少ない休みだというのに、きっちり年末の大掃除をやっていたらしく、部屋の窓は開け放されていた。
 窓の外には夕暮れがすぐそこに迫っている。
「―――」
 今年ももうすぐ終わる。
 吹きぬけた風に藤代は目を伏せ、肩を竦めた。
「寒い!先輩、寒いッス。ねえねえ、もう掃除終わりでしょ? 窓閉めていい? さ・む・いー!」
 そう喚くと、三上の返事も待たずにガラガラと窓を閉め、エアコンをつける。
 片してあった炬燵も手早く元通りにして「寒いー!」とやっぱり喚きながら中へ潜り込む。
 ホントお前が来ると途端にうるさくなるよなー、言いながらも三上の口許には笑みが浮かんでいて、その横顔を藤代は炬燵布団の中からぬくぬくした気持ちで眺めた。

「あ、そうだ、先輩。お土産ありますよ」
 藤代は急に思い出して、持って来た包みを差し出した。
「ハイ、これおせち。来るとき実家に寄ってったら、お袋が持ってけって」
「うわ、マジで?」
 手渡された包みを三上が丁寧な所作で受けとって、中を開ける。
 小さな重箱に詰められた御節料理を見て三上が感嘆の溜め息を漏らした。
「全部手作りじゃん。悪いよ、これ」
 藤代に対しては遠慮など欠片も見せない三上だが、その母親からのものとあっては本気で恐縮している。
 その表情をどこかで見たと思ったら、義姉とそっくりなのだった。
『悪いですよ、お義母さん』
『いいのいいの持ってきなさいよ』
 藤代は年始に繰り広げられる母親と兄嫁のやりとりを思い出す。

(わはは、そんな顔してると先輩オレの嫁さんみたい〜)

 口にすると怒られるのは間違いないので、藤代はそんなことをこっそりと思う。
「あとで電話……」
「いいッスよ〜。どうせ作り過ぎただけなんだから。先輩んちでよくメシ食わせてもらってることも親、知ってるし。いつもお世話になってます、って」
「はあ、どうも……」
 三上がどことなく居心地悪そうにもごもごと答える。
「あー、でもオレ、おせち料理ってキライなんスよね〜。食えるモンほとんどないし〜」
「オコサマめ……」
 言いながら、栗きんとんにのばされた藤代の手をペシリとはたいて、三上が重箱を元通りに戻す。
「とりあえず寿司はとってあるから。これは明日な」
「あ、やっぱりお寿司なんだ」
「お前の胃袋が年越し蕎麦だけで満たされるなんて思ってねーよ」
 三上がにっと八重歯を見せて笑う。


 ちゃんと寿司も蕎麦も二人分。
 なんだかんだ言いながらも、ちゃんと用意してくれている三上に藤代はうれしくなる。
 ここには自分の居場所がある。


 恒例の年末番組を炬燵に入って眺めながら、時折、キッチンに立つ三上の背中の方へ視線をやる。
 温まってきた室内と、暖められた足先に藤代はとろんと瞼が重くなってゆくのを感じた。


「おい藤代、なんだよ、寝てんのか?初詣行くんじゃなかったのかよ?」


 遠いような近いようなところから耳に落ちてくる三上の声。


「もう寝てやがんの。お子様ー」


 笑い混じりの三上の声を聞きながら、瞼を閉じ、藤代は幸せな気持ちで微睡んだ。










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