元日決戦
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 不機嫌してるなあ。


 炬燵に頬杖ついて、目の前の藤代の横顔をぼんやりと眺めながら抱いた感想。
 なんの因果か、元日が誕生日というのも厄介なモンだよなと三上は思う。


 サッカー選手として最高の日になるか最低の日になるか。


 国立のピッチを踏むことすら叶わなかった彼は、今こうして三上の部屋で文字通りの寝正月を決め込んでいた。
 実家に帰ってこいという父親からの再三の呼びかけを藤代は無視して、クラブの今年最後の練習日から、納会をしたその足で三上の部屋へと寄ったまま、すっかり居付いてしまっている。もちろん、三上が仕事のため東京に残ることを見越してだ。



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「先輩、カワイソーだよねー。毎年毎年、年末年始は徹夜仕事でさー。だから今年もオレがそばにいて慰めてあげる」


 年末。
 部屋にやってきた藤代がにこにこしながらカバンから取り出したゲームソフト(新作)を横から蹴っ飛ばし、三上は言った。
「慰めはいらねえから大掃除と買い出し、手伝え」
「わあ、何すんですかッ。乱暴者ー!」
 床に散らばったケースを掻き集める藤代の背に三上はさらに容赦ない蹴りを入れ、キッチンへと向かう。
 牛乳、マヨネーズ、挽き肉、アイスクリーム。
 冷蔵庫の中身を確認して、足りないものをメモに書き出してゆく。
 誰かがくると途端に消費の早くなるものばかりだ。
 今年はほとんど用意していなかった。
 来ないんじゃないかと思っていたから。
 一昨日まで。


(少しは落ち込んだ顔、見せてみろってんだ)

 
 PK戦の末、藤代の所属するチームは惜しくも天皇杯を準決勝で敗退した。
 再三のチャンスを決めきれなかった若きエース。
 チカチカと点滅するゲーム画面に集中する横顔は、まるでそんなことなどなかったかのように、普通だ。



□□□
 


 元日。
 テレビは朝からついていて、それが始まった時も、ただ二人ともぼんやりと画面を見るともなしに見ていた。
 そもそも選択したのは、適当にチャンネルを変えていた藤代だ。

 高らかに鳴り響くファンファーレ。
 入場してくる選手たち。
 選ばれた22人。

 高校時代は選手権真っ最中で、元日の練習の合間に寮のテレビ室に集まって皆でよく観たものだ。
 大人になった今、それを炬燵に入りながら、藤代と二人きりで観ているのは、違和感の中に懐かしいような心地もして、不思議な感じだった。

 ゲームは緊迫していた。
 年の初めに相応しい内容だった。
 最初は三上と戦況を分析しながら観ていた藤代も、ゲームが進むにつれて口数が少なくなり、途中からついに押し黙ってしまった。
 そのあたりで、「ああコイツも人の子だよなあ」とどこか安堵するような気持ちになって苦笑したのも三上だった。
 こだわってないかのように見せかけて、やっぱり藤代もとことん負けず嫌いだ。
 目の前で繰り広げられる好ゲームに、なぜ自分は今そのピッチに立っていないのかという苛立ち。
 空気を震わせて伝わってくる殺気に似た、なにか。

「コーヒーいれてくる」

 テレビ画面に映し出された表彰式の模様をじっと見つめる藤代を置いて、三上は席を立つ。
 戻った時には、ちょうど優勝チームのキャプテンがカップを掲げていた。
 ひときわ大きくなる歓声。

 横からカップを手渡してやると、藤代がようやく画面から目を離して、三上を見て、笑った。

「スミマセン」
 ちょっと気恥ずかしそうに言う。自分でも予想外だったのだろう、思わず感情を露呈してしまったこと。藤代が自身の行動を恥じるなんて本当に珍しいことだった。
「いやいやいや。そういう顔してろよ、最初から」
 三上も笑った。


「今年はやるよオレ」
 カップの中身を一口飲んで藤代は言う。
「有言実行だな」
「今度は、あそこにオレが立つ」
「うん」

 真摯な瞳。
 まっすぐに画面を見据える藤代の意識は今、国立のピッチにあるのだろう。三上は目をすがめて、そんな藤代の顔を見ていた。 


「だから今度の年末は寂しくなるね、先輩」
 からかうように言った藤代に、三上も言った。
「願ったり。買い出しもメシの準備もラクになる。あと、そうそう、


「 誕生日おめでとう 」


「こんなタイミングで言うんだ?やだなあ」
 藤代が顔を顰めて笑う。
「忘れないだろ。来年は直接じゃなくて、携帯から言ってやるよ」
 三上の言葉の含みに気づいて、藤代が今度は少し照れたように笑った。

「へへ、オネガイシマス」












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