遠  征
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 ――彼が遠征に行っている間は寂しいですか?
『いえ……あ、いや…はい、寂しいですね、やっぱり(苦笑)』
 ――彼にそのことは言ったりします?
『言うと、心配するんで。サッカーに集中してもらいたいと思うし』
 ――心配?具体的にはどんなふうに?
『毎日、電話かけてきたりとか……。ゴハンちゃんと食べてるかとかそんなことまで聞くんですよ(笑)』
 ――惚気てますね(笑)
『え、あ、惚気てますか?(笑)……うん、でもすごくやさしいです。自分にはもったいないくらいのひ








「っっっっってえ!」
 渾身の力(と思われる)で背中に蹴りを入れられて藤代は叫んだ。
 セミダブルの狭いベッドから身体半分ずり落ちたのは言わずもがなで、藤代は床に手をついて身体を支え事無きを得る。
「あっぶないじゃないスか!」
 振り向いて先程まで背中合わせでいた人物を睨みつけた。実はけっこう痛かったので、ちょっぴり本気だ。
 だが、睨まれた相手は動じることもなく、藤代よりさらに険しい表情をして怒鳴ってみせた。


「気色悪ィんだよ!さっきから!」


 さっきから、というのは要するに情事のあとから藤代が延々続けている一人芝居インタビュー編を指している。
 事後は三上がまどろんでしまって、ほとんど構ってくれないことから、藤代はこの時間のひとり遊びがすっかり得意になった。癖になった。
 本当は遠回しに「構え〜」オーラを出しているわけで、三上の反応があった時点で藤代の目的は達成されたわけである。
「……そんな怒んなくても」
 しゅーんと落ち込んでいるポーズ。
 そんな藤代をベッドから半目で眺めている三上はもちろん、まるで信じていないという顔だ。
「俺ァ、何度もやめろっつったよな。ああ?」
「ちょっとしたお茶目じゃないですか、すぐキレるんだからもー」
 藤代もすぐに元の表情に戻って、転げ落ちた床からベッドへと、三上の隣りの定位置へと身体を滑らせる。
 すると、三上が身体を寄せてきて――これがさっき自分を蹴り出したヒトと同一人物なんだよなあ、と藤代を奇妙な気持ちにさせた。
「……先輩、寒いんスか?」
 裸の肩を抱いて小声でそっと囁いてみたけど三上は答えなかった。


 午後のぬるい日差しがカーテンの隙間から零れていた。
 朝からずっとこうしている。
 じっとしていることが苦手だと思われている自分がこんなふうに一日外にも出ずオフを過ごしているとチームメイトらが知ったらなんて言うだろう、そんなことを藤代は思った。
 この閉じられた空間も三上とならば苦にならない。むしろ望んでやまない。
 藤代は、また来週から欧州遠征だ。ようやく手が届くようになったA代表の資格は代償として三上との数少ない時間をさらに削り取る。

「じゃあ、先輩、聞きますけどー」

 肘を立て頭を支える姿勢で藤代は三上を見やる。
 天井のほうを向いた三上が一度だけ、こちらに目線を向け、また元のように正面を向く。どうにも機嫌がよろしくない。藤代はこっそり苦笑した。
「オレが遠征に行ってる間、寂しいですか?」
 握り拳を三上の口許に向けて、マイクのつもりだ。
 三上は目を閉じて淡々と答える。
「ぜんぜん。静かでいいです。ちなみにメシもちゃんと三食いただいてます。心配御無用」
「うう、鬼!先輩の鬼ー!」
 シーツに泣き伏してみせる藤代の大袈裟な所作を、やっぱり醒めた目で見つめていた三上が溜め息をつく。それから珍しくこんなことを言った。
「そういうお前こそ、遠征行ってる間なんてサッカーのことで頭いっぱいだろが。……まあ、それでいいんだけどよ」
「ええー。そんなことないッスよ。ちゃんと異国の地でも先輩のこと思い出して今頃どうしてるかなー会いたいなーって」
 三上が胡散臭そうに藤代を見る。
「お前が俺のこと思い出すのなんて『やりてえなあ』って時くらいだろーが」
「あはは、なんでわかるんスか。ああ、そっか、三上先輩もそうだからか」
「そうだよ」
「あはは、認めるし。浮気しちゃダメッスよ〜?」
「しねえよ」
 にこりともせずに三上はそう言った。



「先輩」



 そんなふうに「寂しい」って全身で訴えてこないでよ。オレどうしていいかわかんなくなっちゃうよ。



 なんて――口に出したら足蹴どころじゃない半殺しだよな、藤代は思いながら三上に手を伸ばす。
 一度、その手はピシリと振り払われる。
 ほらほら素直になりましょうよ、笑いながら藤代はもう一度手を伸ばし、今度は強引に抱き寄せた。
 三上の上に乗り上げ、両腕で囲うようにしてその顔を見下ろしても、三上は目を合わせずに身を捩って藤代から逃れようとする。
「今日はもうイヤ?」
「……疲れた」
「でもオレ来週は遠征だから、ネ?」
「……お前、自分勝手すぎ」
 三上の言葉は額面どおりに受け取らない。
 ただ、その瞳の色だけを読み取る。
 逃げる唇を何度か追いまわして捕えたら、次にはもうあっさりと舌先が口内に入ってくるのを赦す。そんな三上だから。
 貪るように深く口づける。
 唇が離れたら次は首筋に。鎖骨に。
 ちゃんと証を残しておかなければならない。たとえ三上が寂しがろうとも自分のことを必ず思い出すように。深く深く刻みつけておく。もしかしたら、いや、もしかしなくても自分はきっと残酷なのだろうと藤代は思う。エゴだと言われたら全面的に認めるしかない。
 肌を吸われた三上が吐息まじりの声をこぼす。

「……あんまり、痕つけんな…ッ」
「いやです」

 抱え上げた三上の脚の内腿にわざと音を立ててキスをして、藤代は笑んでみせた。





















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20021104発行のコピー誌「confidential」より再録。