Keep The Faith ---------------------------------- 定時。 きっかりを待っていたかのように終業のチャイムとともにポケットの中の携帯が震えた。 三上は自席を離れディスプレイにて相手を確認すると、フロアを出て人気のない場所へと向かう。 ディスプレイ上に示される文字はF。 たった一文字のアルファベット。 大学を出てすぐ携帯の電話帳を登録し直した。「藤代」の文字を「F」に。 意識過剰と言われればそれまでだ。 けれど何より露見を恐れる自分たちには注意を払って払いすぎることなどない。 周囲に誰もいないことを用心深く確認してから三上は携帯を開く。 ワンコール目からずいぶん時間がたっているのにも関わらず、めげずにコールし続けた相手は、ようやく繋がった電話に素直にうれしそうな第一声を上げた。 三上は思わず口許にかすかな笑みを浮かべる。 こういうところは、かわいらしいと思えるのだが―― 『先輩、まだ会社だよね』 「ああ、あと三十分ほどで打ち合わせが始まるんだよ。だから、お前と電話してるヒマは…」 『今、上にいるんですよオレ!』 「は?どこだって?上野?」 『うえに!先輩の上に!』 (意味わかんねえ) 三上は頭痛を堪えるかのようにこめかみへと手をやる。この手の藤代の突拍子もない発言には慣れたつもりだったが、まだまだ自分は甘いようだ。理解不能。そう判断すると同時に思考のシャッターを下ろし、お定まりの一言を返す。 「忙しいから、またな」 『ちょ、待って!待ってー!』 三上が携帯から耳を離そうとしたようすが見えているかのように、藤代の焦った声がする。こういうところばかり察しがいい。三上は眉間に皺を寄せて舌打ちした。電波に乗ってそれは確実に相手へと届いたはずだが、それで黙り込むような性格ならば元から電話などかけてはこない。案の定、藤代はまるで気にしたようすもなく、自信まんまんな調子で明るく言い放った。 『仕事終わったら来てくださいね!上にあるホテルです。部屋とったの。高かったんだからゼッタイ来てくださいよ」 「は……?」 数瞬、そのままの姿勢で固まった三上の脳裏に、ある見取り図が浮かび上がる。オフィス移転前にウェブサイトで確認したこのビルのそれだ。 「……上って、『このビルの上』かよっ!」 三上自身は一度も足を踏み入れたことはなかったが、ビルの高層階を占める高級シティホテルの存在は知っていた。主に商談に来た外国人相手の、得意先の接待に使われるようなホテルだ。一介の会社員である三上には縁遠い場所である。が。 「部屋とったって……まさかプライベートじゃねえよな」 三上はつとめて声を抑えた。もしかするとクラブの前泊なのかもしれない。藤代の所属するクラブと代表のスケジュールの記憶を必死で手繰り寄せる。次の試合はいつどこでやるんだったか。 だが、そんな三上の脳内検索はすぐに無用のものとなった。 『え。プライベートですよ。先輩とオレのためにね』 三上は無言で目を伏せた。もう――今日も一日真面目に勤労し、またこれからさらに一働きしましょうかという身に冗談は休み休みにして欲しい。それでもなんとか声を絞り出す。 「……なんでここなんだ」 『灯台下暗し、って言うでしょ』 「なっ……」 得意げな藤代の囁きに三上はついに切れた。 「藤代のくせに難しい言葉使ってんじゃねえよ!……じゃなくて、何が『下暗し』だ!ぜんぜん暗くねえよ!むしろ煌々と照らされてるっつの!なんでもいいから早くキャンセルしろ!そこから退去しろ!即刻退去!」 危険物を前にした機動隊員のように緊迫感溢れる三上とは対照的にのんびりとした口調で藤代は言う。 『だからもう上にいるんですってば。チェックインしちゃったもん。先輩、早く終わらせて来てくださいね〜。よく冷えたビール用意して待ってますからね。それとも今日くらいはワインがいい?』 「…………」 藤代と付き合うようになって、三上は自分で自分を諦めがよくなったなあと思う。いや、元から諦めがよかったから付き合うような破目になったんだろうか。こと、サッカーにおいては諦めの悪さが信条だったが、その分日常生活では反動のように妥協点がどんどん低くなっていたような気がする。まあ、そのほとんどは今、この携帯の向こうでだらしなく笑っているだろう男に関してのことなのだが。 「……八時には終わる」 それが三上の敗北宣言だ。藤代がわざとらしく口笛を吹いてみせる。調子に乗ったソレに、正直むかつくが仕方ない。 「お仕事がんばってくださいネ」 「ああ」 三上は力なく答えた。 本来ならば「頭上にお前がいるかと思うとおちおち仕事もしてらんねえよ……!」とでも叫びたいところなのだが、生憎と会議の時間は迫っているし、いずれにせよ不毛なだけだ。 「何を考えてるんだあいつは」 携帯をポケットにしまって、三上はひとつ溜め息をついた。 □□□ 退社するように見せかけて一度ビルを出たその足で駅からとって引き返し、別の入り口からホテル直通のエレベータに乗った。 その間の後ろめたく落ち着かない気分をなんとしようか。 同僚や上司に出くわしたならば、なんと言い逃れするべきか――。仕事上のはったりならいくらでも。論破も誘導もそれなりにこなす自信はある三上だったが、これに関することだけは何年経っても慣れない。それどころか年数を経るほどに比例して秘密は暴かれてゆくような気さえする。 社内恋愛だとか、あえて考えずにおいたが不倫だとか――当事者はこんな気分なのだろうか。いやいや、それはそのスリルを楽しむ側面もあるはずだ。今の自分はとてもじゃないがそんな心境にはなれない。 エレベータは一気に数十階を駆け上がり、ドアが開く。と、その向こうにはここが高層階であることを忘れるような巨大な吹き抜けのロビーが現れ、三上は覚悟を決めて足を踏み出した。 ロビーから客室へは宿泊者専用エレベータを使わなければならないらしく、前もって藤代から聞いていた三上は言われていたとおりにフロントで自分の名前を告げる。藤代からの言伝はきちんと通っていたようで、フロント係の男性は微笑むと案内のベルガールをアイコンタクトだけで呼び寄せた。どこまでも柔らかな物腰。控えめな微笑に客の素性を詮索するような視線はまったく感じられない。 ――当たり前だ、彼らはプロだ。 エレベータからは案内を断って三上はひとりでそれに乗り込んだ。 ひとりになると、わずかに解けた緊張が三上に溜め息をつかせる。 プライベートでやって来た以上、ここでの藤代は選手ではなくホテル客のひとりに過ぎない。 だが、情報というのはどこで漏れるかわからないものだ。だいたい、こんな不特定多数の人間が多く集まる場所で――商談相手にはもちろん、親戚にすら見えないだろう自分たちは。せいぜいが取材相手か。けれど、こんなふうにお堅いスーツを着た自分がマスコミ関係の人間に見えるものだろうか。――三上は埒もないことを考える。 ――ああ、それもこれも。 三上は辿りついた部屋の前に立ち、再び溜め息をひとつ。 部屋はダブルではなくツインだった。 喜ぶべきか悲しむべきか。 スーツの上着を脱いで、藤代が腰掛けているのとは反対の空いたベッドの上へと無造作にそれを放る。続いてネクタイも弛めて同じように。 「皺になっちゃいますよ。いつもオレには注意するくせに。自分で脱いだ場合はいいの?」 言われてもハンガーにかける気力すら湧いてこない。たった数十分の出来事に三上はひどく消耗していた。 「……よくもまあ、こんな高価い部屋とったな」 ぐるりと内装を見渡し、それから壁二面を切り取った形になっている窓を見た。外にはこのホテルの最大の売りなのだろう、きらめく夜景が惜しげもなく広がる。 藤代は脚をぶらぶらさせて勝ち誇ったように言った。 「こないだの勝利給」 三上は舌打ちする。 「無駄遣いするんじゃねえよ」 「ムダじゃないもん。ぜんぜんムダじゃない。先輩とすることにお金かけて何が悪いの」 「……俺の部屋じゃ不満か」 そう言って三上が藤代を睨めつけてみせると、ぐっと答えに詰まっていたようだった藤代は、それでも低い声で言った。 「……………………不満です」 「そうか」 短く答えてふいと視線をそらした三上に藤代が立ち上がった。 「だって」 ああまた始まったと三上は思う。藤代の吐露はだいたいこの一言から始まる。「だって○○なんだもん」。女子供かお前は。 三上はベッドではなく、窓際の二人がけのソファーへと歩み寄り、腰を下ろした。 身体が沈む。座り心地は当然ながらオフィスのチェアとは雲泥の差だ。三上はそこから気怠げな視線を藤代に投げて先を促す。 「『だって』。――どうした?」 「……先輩疲れてるっすね」 「疲れてますよ? 突然の予定変更は上の連中だけにして欲しい。……って、これは関係ねえな。悪い」 「どうしたの?仕事?」 藤代が眉を顰めた。三上は手を振る。 「ああ。気にすんな。ほら続けろよ」 藤代はちょっとだけ躊躇うような素振りを見せて、けれど意を決したように三上の正面に立つと言った。 「ねえ先輩。オレさあ、もっと先輩といろいろしたい。綺麗なもの見たり美味しいもの食べたり」 「その発想は女のものだ」 「そんなことねえよ。――いや、そんなことありませんよ」 藤代の言葉が荒れるのは油断している時よりも、むしろ真剣な時だ。そして言い直す時もまた、藤代が真剣に話を聞いてもらいたいと思っている時だということを三上は気づいていた。 「オレ、自分が女だったらなあって思う」 「はあ?」 見やった藤代はあくまで真顔だ。静かな口調で続ける。 「オレがそういう女みたいな思考回路してんなら、もういっそホントに女だったらよかったなと思うよ。だったら、いろいろ手っ取り早かったのに」 「……俺が女だったらとか考えないのかお前は」 「えー、そんな三上先輩やだよ。女だったら、もうそれ三上先輩じゃないし」 藤代は笑った。屈託なく。 「そうか」 三上は答え、わずかに俯いた。 (俺が女だったらな……、と俺は思うよ藤代) もちろんそんなことは声に出しては言わないが。 こういう時、自分ではなく相手が女性だったらと思わないのは、性別もまるごとひっくるめて彼という存在をかけがえなく思っているからだ。だから藤代の言うことはわかる。 ただ実質面倒なことが多すぎて、本当に面倒で面倒で面倒で―― 「まあ、でも、考えても仕方ないですけどね。――先輩、メシは?」 藤代の声にはっとする。 「まだに決まってんだろ」 「ルームサービスとろうか?」 「いや、いい。食欲ねえし」 「食わないんスか?」 「ああ」 「……ねえ、先輩」 「あ?」 「怒って、る……?」 「いや?」 自信があるんだか、ないんだか。 おそらく藤代にも無茶をやったという自覚はあるのだろう。馬鹿じゃない。三上ほどではないにしても、こうして三上のオフィシャルな場所近くで会うことの危険性をまるでかえりみなかったわけではないだろう。 でも、だからこそ、あえてやってみたかった。――というのはわかる。 あまりに制約が多くて――あまりにそれにがんじがらめにされると、破ってみたくなるのが人の常だ。 「そんな情けない顔すんな。さっきまでの自信はどうしたよ」 「自信」 藤代は三上の言葉をなぞって呟いた。どうもしっくりこないという顔をしている。三上は口の端だけで笑ってやった。 「勝利給なんだろ?手にした報酬で相手を囲うのは男としては堪えられないシチュエーションじゃねえの」 「囲う、って。もう、自分でよく言いますね、そんなこと……」 呆れと困惑の混じった表情で、藤代はそれでも三上に近づいた。 指先で顎をさらわれ上向かされると、ゆっくりと唇がそこに落とされる。 情けない顔をしていたって、やはり藤代は藤代だった。 三上にキスするときの藤代は挑むよう真っ直ぐにこちらを見て、その目に鋭い光を秘める。 真剣な瞳はぞくりとするほど大人びていて、いつだって三上はそれに欲情させられる。 最初は啄ばむように、それから歯を舐めて、割り開くように舌を侵入させてくる。 三上はそれに応えながら、薄目を開けて視界の端に映る窓の外を見た。 明かりの落ちない東京の街。点滅するLED。照明を絞った室内より空はずっと明るい。 眺めやる風景がオフィスの窓から見えるそれと少しだけ似ていた。高度差だけで基本的には同じものだ。 ――ああ、クソ……。 腰に手を回される。そのまま抱き起こされるようにしてソファから離れる。口づけはそのままに、藤代は巧みに場所をベッドへと移動させた。きっちり計算された動きのくせにそれを感じさせないまま、なし崩しのようにそこへ押し倒され、唇から今度は首筋に舌を這わされる。 こんなところで抱かれるのはいやだと思ったが仕方ない。部屋に来た時点で了承イコールだ。 藤代に他意はないのだと思うことにする。そこまで悪趣味でもなかったはずだ。 第一もう、逃れられない。 「ッ……藤代、カーテンくらい引け……」 「見えやしないですよ、こっちのほうが暗いんだから」 「そういう問題じゃ……」 「いいじゃん。ロマンチックでしょ。夜景見ながらやんのなんて」 「寒いこと言うんじゃねえよ」 「先輩、今さら。――興ざめさせないで」 目許に宥めるよう軽くキスされた。しかし、その手はしっかり下肢に触れ先の行為を促していて、三上は背筋を震わせる。 シャツのボタンをひとつずつゆっくりと外され、その合間にまた口づけられる。 今日はやけに丁寧だな、と三上は思った。いつもならばもう少しばかり性急だ。もちろん相手の反応を感じ取れないような鈍感な男ではないが、しかし察していてもわざとそれを無視して強引な手管で巻き込んでしまうのが藤代のやり方だ。 違和感に内心で首を捻りながらも、三上は藤代のペースに身を任せる。 首筋に顔を埋めた藤代の頭越しに薄明かりの中、見慣れぬ天井が目に入ってきて、そこで三上は得心がゆく。 環境に左右されやすいヤツめ。思わず苦笑を漏らした。 けれどセックスに装置は大切だ。 『綺麗なもの見たり美味しいもの食べたり』 マンネリではないだろうけど――ああそうだった俺はこいつと恋愛してんだった、三上はほんの少しだけ藤代にすまなく思う。 自分は藤代以外必要じゃなくて、藤代しか見えていないからいつも―― (業が深いのは俺のほうだな) 前髪の生え際を藤代がゆっくりと指先でなぞって、三上の浮き上がり始めた汗を拭ってゆく。 決して慌てない藤代の所作に、三上は途中から焦らされているような気にさえなってくる。もう体温は十分に上がって呼吸は忙しなかった。地上数十メールの窓の外は煌く光をたたえるだけで物音ひとつ響かせはしない。生活音などありえない。完全な静寂。そんな中で衣擦れの音と自分たちの息遣いだけがやけに響く。 「ねえ先輩……」 「な……んだよ……」 「なんで人は夜景見ながらエッチしたいとか思うんだと思う?」 「……知る、かよ」 「オレはなんか今日わかっちゃった」 子どもが手品の種を知ったときのような口調だった。どこか舌足らずなそれで藤代は続ける。 「高い塔にお姫さまを閉じ込めちゃうのといっしょなんだよね」 「もうお前黙れ」 「さっき先輩、囲うって言ったけど、ほんとそんなカンジ。閉じ込めるんだ。自分の城の中に。自分の権力で作った城ですよ」 三上を見下ろす藤代は笑っている。少しばかり、どこか酷薄にも思える笑みで。 やっぱりこいつも男だなと三上は思う。 その征服欲を隠そうともしない。 戯れに逃げを打つと、藤代に強く手首を掴まれ磔にするようシーツへ押しつけられた。 逃れられない。隔絶された世界。地上から遠く離れた塔の上。囚われの身。 本能的な恐怖が一度だけ足の爪先から這い上がって、三上の身体をすり抜けてゆく。 藤代がそれに気づいたのかどうか――聡い男だからきっと気づいたに違いなかった。三上の手首からそっと掌を離して拘束を解くと、藤代はふと表情を和らげ―― 「男ってホントどうしようもないね」 「……どうしようもねえな」 「ロマンティストで」 「バカで」 目を見合わせて二人、声もなく笑う。 「シーツだけは死んでも汚すなよ」 「うわ、また現実的なこと言うし」 「当たり前だろ。ここは俺の部屋でもなけりゃ寮でもねえん…だ、から」 前触れもなく後ろの敏感な場所に指先を這わされて語尾が震える。 「藤……ッ」 思わず咎めるような声になった。それを宥めるように藤代が笑って言う。 「だいじょうぶ。バレたりしませんよ。……もしバレそうになったら、」 「―――ッ」 押し込められた指先に三上は息を詰めた。突然それまでとは打って変わって性急さを増した藤代の行為に身が竦む。 「どんな手でも使う」 声音に剣呑さが滲んで響いた。 「だから安心して」 なんてムチャクチャな論理だ、そう思いながらも三上は意識が攫われてゆくのを感じていた。 □□□ 三上はゆっくりと持ち上げた掌で自分の前髪をかきあげた。 いつのまにか部屋のカーテンは引かれ、ベッドサイドの明かりが灯されている。横向くと、藤代の裸の肩がその柔らかな光に照らし出されているのが目に入った。 三上は再び仰向いて、淡い光に照らされた天井を見つめる。 非日常の空間は、すべて藤代が作り上げたもの。 それでも三上は言う。 「お前は……、そろそろ……、望んだものすべてが、手に入るなんてないってこと、学んだほうがいい……」 「誰に向かって物言ってんですか」 「天下無敵の藤代誠二サマ」 少し笑って目を伏せる。心地いい。まどろむような、こういう時間は好きだ。 藤代は半身を起こし、三上を横から見下ろすと、三上の予想通り昂然と言い放った。 「残念ながら今までゼンブ手に入ってんだけど。それにこれから望むものもゼンブ手に入れる予定だし」 「傲慢だ」 「そこが好きなんでしょ」 「うん」 藤代は苦笑して「素直ですね」と呟いた。 「先輩が素直だとこわい」 「そうか……」 三上は薄く笑った。本当に昔から勘だけはいい。良過ぎるくらいだ。 「……もうこんなのは……二度とないと……思えよ」 「うん。――ごめんね先輩」 三上はベッドに横たわった姿勢のまま、藤代の頬へと手を伸ばす。 頬から額に触れ、そのまま前髪へと指先を梳きいれて、くしゃりと撫ぜた。 藤代はほんの少し居心地悪そうな表情をして、それでも大人しく三上に撫でられている。 「オレほんとはね、三上先輩の部屋、不満じゃないよ。ホントだよ。ただね、ただ――」 「わかってる……謝んな……。それより、ちょっと寝かせろ……もう……」 持ち上げていた腕をぱたりとシーツに落とすと、その指先を藤代に握り締められた。 「おやすみ先輩。寝てください」 藤代がこちらを見守る気配がする。 どんな表情をしているのか――見てみたかったけれど、もう三上は瞼を開けていられなかった。 無茶をする藤代が好きだ。強引な藤代が好きだ。不安になる藤代が好きだ。傲慢な藤代が好きだ。たぶん全部欲しいのは自分のほう。閉じ込めておきたいのも自分のほう。 『 望んだものすべてが手に入るなんてないってこと学んだほうがいい 』 この指先から伝うぬくもりを失いたくはない。 ただ守りたいのはそれだけだ。 望むのはそれだけだ。 望んだものすべてが――それだけなんだ。 |
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