「オレに挿れられて痛がってる顔見るのがスキって言ったらヘンだと思う?」 「思うよ誠二」 尋ねる藤代が真顔なら、答える笠井も真顔だった。 こんな藤代の突拍子もない発言にも笠井は慣れたもので、いまさら騒いだり驚いたりしない。 ふたり、当たり前のように会話は続いてゆく。 「けどさ、男なら当然の反応だと思うんだけどなァ」 「誠二の言うのはアレだろ。征服欲」 「ああそうソレ!」 竹巳は言葉よく知ってるよね、と感心したように藤代が笑う。 笠井はちょっと脱力して溜息をつくと。 「三上先輩カワイソすぎ」 「なんで」 「もうちょっとやさしくしてあげてもバチは当たんないんじゃない?」 「そう?」 「話聞いてると、誠二のはムチャクチャだよ」 呆れた溜め息をもう一度ついて。 「おれ、よく知らないけど」 独り言を呟くように笠井は言った。 「あの人って見目よりずっと繊細なんじゃないの? そんな気がするんだけど」 コワイ人だな。 藤代は思った。 うっかり手を出してしまった。 どこかそういう思いが消えない。 最初から最後まで自分のペースだった。 あの人は自分に翻弄されるがままだった。 それなのに。 「三上先輩」 何事かに囚われるなんて、らしくないと思いながら。 absorb ---------------------------------- 『もうちょっとやさしくしてあげても』 例によって勝手に上がりこんだ渋沢と三上の部屋。 藤代が我が物顔で寝転んでいるのは三上のベッドで、机に向かっている三上の横顔をそこから見上げるように観察していた。 渋沢は不在だ。 昼過ぎに実家から電話があって夕方には寮を出てしまっていた。 理由は知らない。ただ今日は戻らない。それさえわかっていればいい。 藤代の不躾な視線に晒され、予想通り三上はすぐに不快感を顕わにして振り返ってきた。 「なんだよ、人の顔ジロジロ見んな」 「三上先輩、オレにやさしくされたいですか?」 「はァ?」 三上が眉根を寄せる。 「やさしくされたい?」 「っていうか、オマエには何もされたくねえよ。とっとと帰れ」 「じゃ質問変えます。オレ、やさしくないですか?」 「………ホンットに人の話聞かねえヤツだな」 「先輩の『帰れ』は『ここにいろ』だもん」 甘えるように言うと、三上は一瞬言葉を失う。 図星というヤツだろうか。 今さら舌打ちなんかして「そんなワケねーだろ」なんて呟いてみせても、もう遅い。 藤代はベッドから身を起こすと、三上の傍らに立ち、その頬に手を当てた。 「やさしく、ないですか?」 瞳を覗き込むように顔を寄せると、居心地悪そうに目をそらす。 こういう三上の反応が、藤代のいたく気に入っているところなのだ。 真っ直ぐにこちらを見返してこない瞳。視線。 ――向かせたいと思うのが当然じゃない? 藤代はその唇に笑みを浮かべる。 「先輩、勉強してたんだ」 三上の肩越しに机へと目をやって、藤代はそこに開かれてあったノートと教科書を見た。 「頭イイのにまだ勉強するの?」 藤代が使っているものより幾分小さめの文字が並ぶ英文のテキスト。その横のノートには外国映画に出てくるみたいな美しい筆記体が綴られていた。 「うわ。先輩、字キレー」 「…んでもいいから……離れろッ……」 三上が腕を突っぱねるようにして、藤代を押し返そうともがく。 けれどどこかに遠慮があるその腕を藤代は軽く掴んで横へのける。そのまま見下ろすように三上の唇に自分のそれを落とした。 「ねえ、三上先輩。やさしくさせてくださいよ」 重い足取りながらも、藤代に手を引かれた三上は促されるままベッドへと腰を下ろす。 「わー、スッゲエ不機嫌そうな顔」 片膝をついてベッドに乗り上げるようにしながら、藤代は三上の両頬を包み込んで笑った。 「当たり前だろ」 「今夜はキャプテン、戻ってこないんでしょ?」 「だからってな……」 俯けた視線――この人のこんな表情が本当に好きだ、と自覚する瞬間。 ぐいと後ろ髪を掴んで上向かせ、深く口づける。 空いた左手は一度三上が着ているシャツに伸ばしたが、思い直して藤代は下方に滑らせ、三上のズボンのボタンを外し、ジッパーを下げた。 「………ッ」 いきなり下肢に触れられたことに動揺したのか、三上が唇を離す。 「へへ。びっくりした?」 「この…ッ」 濡れた口許を拭い、悔しげに藤代を睨みつけてくる。 「ホラ。先輩がそういう顔するから」 ――オレはアンタをメチャクチャにしたくなるんだけど。 「でも今日は」 ――やさしくするって決めたから。 藤代はニコニコと笑みを浮かべてみせる。 「怒んないでよ。まずは先輩を気持ちよくさせてあげようっていう殊勝な心がけのあらわれなんですから」 「……言ってろ」 そういえばシュショウって実のトコロどういう意味なんだろう、そんなことを考えながら藤代は三上の肩に触れてベッドに押し倒した。 先ほど下ろしかけたジッパーに手をかけ、履いていたものを膝下まで脱がせる。 素肌になった腿に指先を這わせたと同時に三上から抗議の声が上がった。 「おい…明かりくらい消せって……」 「なんで。恥ずかしいの?」 三上の顔が赤く染まる。なんてわかりやすい反応。藤代は苦笑すら浮かびそうになる。 「オレに見られるの恥ずかしい?」 「そ…んなこと……ッ」 「ない?」 完全に脱がせた右の膝の裏に手を入れて、藤代は掲げるように押し上げてみせた。 「ヤメ…見んな…ッて」 三上が本気で嫌がって藤代を押し退けようとする。 「言ったでしょ? 今日は先輩優先だから、ね?」 なだめるように前髪をかきあげ、頭を撫でる。 子供扱いされることを嫌って、三上が首を振る。そんな所作がそもそも子供じみているのに。 「やさしくしてあげるよ?」 たまにはこういうのもイイと思う。 藤代は新しい遊びを見つけた気分で、三上の身体へ丁寧に指を這わせた。 そう、やさしく。 いっそ残酷なくらいに、やさしく彼を抱く。 「ッン……アッ…」 途切れがちな三上の甘い声が耳朶をくすぐる。 悪くない。確かに悪くない。 息をつかせぬまま、こちらの思い通りに抱き込んでしまうのが常だが、こんなふうに緩やかに三上の反応を眺めているのもそれはそれで楽しいものだと知った。 「もっと脚開いて?」 耳元で囁くように。こんな台詞がセオリー通りの効果をあげることも知っている。三上みたいなタイプはとくにそうだ。 「ウン。そうやってもっとオレに見せて?」 「――……ッ」 三上が口元を覆った自らの掌の下で、何事か自身に対する罵声を吐き捨てたようだった。 眉間をきつく寄せて視線を遠くへ投げて、快楽に溺れるのをよしとしない。 藤代はそんな三上を長い間ずっと指と言葉だけで煽った。 「先輩って気持ちイイときも我慢する顔するね」 弱みを見せたくないのか、羞恥のために理性が手放せないのか、たぶんその両方なのだろうが、三上がすっぱり潔く喘いでいる姿を藤代は見たことがない。 いつもギリギリまで耐える。声を殺す。 ――だから、そういう顔にソソられるんだって。 すぐにでも奥まで埋め込んでしまいたい衝動に駆られる。 ――ホントに怖い人だよ、三上先輩。 一度藤代の掌を濡らして三上が果てたあとも、変わらずに触れ続けた。しつこいと言っていい、その行為に三上が音を上げるのも無理はなかった。 「も……藤…代、頼むから……」 「今日はいくらオネガイしてもちゃんと馴らし終わるまでダメですよ。先輩も我慢。オレも我慢」 歌うようにそう言う藤代を三上が睨みつけたのは一瞬で、あとは内からくる衝動を堪えるようにその睫毛をせつなげに震わせている。 「声出してもいいんですよ?」 「………ッ」 「オレやさしくするから」 ――でもホントにやさしいってどういうことか、実はよくわかってないんだ。 三上の身体が痛みを感じないようにこうして解してやりながら、三上の羞恥を最大限に引っ張り出す。 穿たれる痛みに耐える三上の表情も、反応をつぶさに観察される屈辱を堪える三上の表情も、あまり変わらないように思った。 そもそも自分の下に組み敷いた段階で、やさしいも何もあったもんじゃない気もする。 やがて堪えきれなくなったように三上が腕を伸ばして、藤代の背に抱きついてきた。 藤代は苦笑しながら上体を起こした三上の震える背を支えるように抱き返す。 結局また、強引に彼の身体を開かせることになるんだろう。 わかっていないことは多い。 どうして三上を抱くのか。 どのように三上を抱けばいいのか。 それがどんな意味を持つのか。 こうして抱けば満たされる征服欲はハッキリと感じることはできるけど、その前後、周辺にある、そう確かにある何かは藤代の中でいまだカタチを成していない。 曖昧としたままだ。 いつも不機嫌そうな顔をしてみせながら一度だって抵抗らしい抵抗をせず、苦痛と羞恥に晒されながら藤代の手を求める三上には、それらのことがすべて、わかっているのだろうか。 藤代がわかっていることはただひとつ。 何事かに囚われるなんて、らしくないと思いながら。 腕の中のこの存在に、夢中だということだけ。 「やっぱり相変わらずだね誠二」 朝、制服に着替える藤代の後ろで、先に支度を終えてベッドに腰掛け本を読んでいた笠井がちらりと藤代を見やって言った。溜め息混じりに。 「え?」 「背中。いっぱい痕ついてるよ」 「ウソ」 身体を捻って、藤代は自身の背中を見ようとする。笠井はやれやれと立ち上がって机の上の手鏡を取り、差し出してやった。 「見える?」 「うん、……うわ、すげえ」 何をイマサラ、と笠井が呆れた顔でいると、それを察したのか藤代は少し笑ってみせる。 「やさしくはしたよ?」 「その結果がソレですか。ま、別に俺はどっちでもいいけどね。お前が本気で無理強いできるよーな性格じゃないのはよく知ってるし」 シャツの袖に腕を通しながら、藤代が複雑な顔をしてみせた。 「……微妙にバカにされた気がするんですけど竹巳サン?」 「褒めてるんですけどね誠二サン?」 冗談っぽく言ってはみせたが、それは笠井も本心だったので、付け加えるように言った。 「情熱的といえば情熱的に見えなくもないもんな。そんなの、女がつけたかと思うとちょっとゾッとするけど」 「―――」 ブレザーを着込んだ藤代が一瞬、動きを止める。そうして、真顔で笠井の顔を見つめ返した。 「やっぱり竹巳もそう思う?」 「何に対して言ってるのかわかんない」 「コワイって思う?」 「何言ってるの、お前」 いつもは藤代の言葉足らずな物言いにも付き合ってくれる笠井が、なぜか今日に限ってすげない。 「………」 「誠二。学校、遅れるよ」 |
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