転生もの現代パラレル。既刊「Let it all out」(伊達視点)と「花は桜 君は美し」(真田視点)の続編となります。 高校から帰宅した伊達は自宅のポストに厚みのある封書が差し込まれているのに気づいた。 不審に思いながらも手に取って眺めやる。 宛名には伊達のフルネームが記されているが、郵送や宅配便で送られたものではなかった。直接ここまで差出人がやってきて投函したのだと思われる。 この時間、家に戻って郵便受けを見るのは伊達しかいない。家人が手に取ることはないと知っていたか、もしくは伊達が戻るのを直に確認してから放り込まれたのかもしれない。伊達がそう考えるのには理由があった。 差出人は猿飛佐助。 手書きの、お世辞にも綺麗とは言えない癖字で殴り書きのようにその名が記されていた。 他に特徴めいたことといえば、無地ではなく、あらかじめ社名が印刷された封筒が使用されているということだ。社用封筒とおぼしきそれには当然のように所在地と電話番号も記載されている。 それらには上から黒の太いペンで線が引かれてはいたが、塗り潰されているわけでもなく、そこに書かれた内容を読み取るには十分だった。 社名には武田という文字が含まれている。ありふれた名前ではある。所在地は山梨県甲府市某所。 「――とことん、おせっかいな忍びだな」 自室へ持ち帰り、ベッドへと寝転んだ姿勢で、しばらくそれを眺めていた伊達はひとり声に出して呟いた。 だが、いつまでも見ているばかりでは埒が明かない。あまり気は進まなかったが、伊達は身体を起こした。 ペーパーナイフで封を切って中身を取り出す。おおよその見当はついていたものの、予想どおりの結果に伊達は思わず溜め息を吐き出した。 まず目に入ったのは写真である。 アナログのものだけではない。電子媒体も同梱してあった。起動させたパソコンに読み込ませてみればもっと多くの画像データがずらずらと画面上に並んだ。 いずれにも映っているのは己の姿。伊達を被写体として撮られたものだ。もちろん、すべて隠し撮りである。 あとはA4用紙に印刷された文書だが、伊達はそれにもざっと目を通した。そこには身上調査の結果が打ち出されている。 住所、氏名、電話番号、家族構成、両親の職業――そんなものは序の口で、どんなささいなことでも伊達について調べ上げたすべてが記載されていた。 どうやって手に入れたものか、春先に高校で実施された志望調査の結果まで事細かに記されていたのには驚いた。 なるほど、真田はこれを見ていたために伊達が当初は地元大学を志望していたことを知っていたわけだ。 いつかの記憶が甦る。真田がひどく動揺して伊達に詰め寄ってきたときのことだ。志望先の変更は己のせいかと、真田はそう伊達に問いかけた。今生での再会を果たしてから、あれほど取り乱した真田を見たのは初めてだった。 すでにあの日からは数カ月のときが経っている。真田が伊達の前より姿を消したときから数えてもそう変わらない。東北の長い冬を伊達はひとりで越した。 こんなものより――伊達は思う。真田の写真を寄越せよな。携帯のカメラでそれこそ隠し撮りでも何でもしておけばよかったとさえ思った。再会までの十余年、平静であれたものが、今や数節の不在すらももどかしい。 真田のことだ。あのあと、転校の手続きを猿飛にさせると同時に手許にあった調査結果のすべても猿飛に明け渡し、始末を任せたのだろう。 これが真田の指示によるものか、猿飛の独断か、伊達にはわかりかねた。だが、回収したこれらを無言で本人のもとに送りつけてくるという悪趣味なやり方は猿飛が選びそうなことだと思えた。 一応、受験が終わった直後という時期を見計らったのは、受け取った伊達の動揺を避けるためだろう。 これで伊達の気持ちが萎えればそこまでだと考えているのだ、猿飛は。そして同時に、その気があるならば辿って来られるようにと道しるべを御丁寧に残している。 むしろ、ほとんど答えのようなものだ。甲斐へ戻ると言った真田が武田のもとに身を寄せているのは間違いない。 何やかやと物言いをつけているようでいて、結局はこちらの背を押してくるあの元忍びに伊達は軽く舌打ちする。嫌な男ではないが、どうにも己とは相性がいいとは思えない。これはもう前世の頃からのことだ。 その男が送りつけてきた写真に目をやって伊達は再び呟いた。 「……気づかねえもんだな」 不快というよりは単純に驚いた。 かつては忍びの気配などたやすく察することができたというのに。やはり戦国の世の頃とは違う。そもそも己の気の張りようからして、まるで異なるのだ。ここではありとあらゆることに神経を張り巡らせる必要はない。 もちろん今の技術の差異もあるだろう。写真はそのほとんどが望遠レンズで撮られたものだった。アングルもピントも見事なものだ。こうしたことを生業にしているという手慣れた感じを受ける。身上調査にしても個人情報の管理がやかましい御時勢でこの成果だ。 それらに伴う対価は相応のものだったろう。 「馬鹿なことに金使いやがって……」 そう悪態をついてみるが、語尾は力ないものとなった。 「―――」 どれもこれも写真の中の自分はこちらを向いていない。 何の変哲もない風景の中で、何も知らず、何も気づかず、ただ日々を暮らしている姿だ。 真田は――伊達を探し出しはしても、当初は本当に見守るだけにとどめるつもりだったのだろうと知れる。写真には撮影日が記載されていたが、日を追うごとに枚数が増えるのだ。 最初から会うつもりならば、これほどの枚数は必要ないはずだ。 こんなことを業者に依頼したのが仮に真田以外の人間であったなら、やはり己は不快を覚えたと思う。だから、これは欲目かもしれない。 だが、真田の行為にはなりふりなど構っていられないという必死さばかりがあった。 あの日の真田の荒んだ笑みが脳裏に甦る。己の所業を伊達の前で暴露した真田が浮かべていた表情を伊達は忘れていない。 こんなものを金で買って後ろめたさを覚えないはずがない。ましてや、あの正々堂々を好んだ男が。 もっと早く動いてやれればよかった。 己も死にもの狂いで探すべきだったのだ。せめて、こちらから一歩踏み込んで真田の罪の意識を取り除いてやるべきだった。 俺もお前を欲しているのだと、心のままに伝えればよかった。もっと早く―― 伊達は空になった封筒に目をやる。 まだ遅くはない。 手がかりを寄越してきたのが、あの忍びだと思うと少しばかり複雑な気持ちにもなるが、それこそなりふりなどに構っている場合ではない。 伊達は起動してあったパソコンに向かい、ブラウザを立ち上げると、封書にあった文字を打ち込み始めた。 (本文冒頭より抜粋) もしや呪われておるのではあるまいか。 伊達と交わした逢瀬の約束。 それが春より流れること幾数回。 しまいにはそのようなことを考えるまでになっていた。 真田幸村、高校二年の秋である。 機を見計らい、都合を合わせ、日程を調整し――だが、伊達と交わした逢瀬の約束はことごとく打ち砕かれ、ただの一度も再会は実現しないままだった。 四月はさすがに伊達も環境が変わったばかりで落ち着かぬだろうと真田が遠慮した。今にして思えば、このとき少々強引でも勢いで押し掛けてしまえばよかったのだ。 最初に予定していた五月の大型連休は伊達の縁戚に不幸があり、急遽伊達が仙台の実家に帰ることになってしまい、実現しなかった。 六月は祝日がないところへ、さらに互いのどちらかに必ず週末の外せない予定が詰まって噛み合わず、七月に入れば真田は期末考査、伊達もテストとレポートでそれどころではなかった。 ようやく夏休みになったはいいが、今度は伊達の短期留学の予定が入り、すぐには叶わなかった。伊達の帰国後は入れ違いのように真田の夏期講習が始まってしまい、長期休暇ですら都合が折り合わないままに終わった。 ここまでくると、いっそあれこれ足掻く気も失せる。自棄になって勉学に打ち込んだ真田は夏休み明けの模擬試験で素晴らしい成果を上げた。 これはもう己に褒美をやってもいいだろう、というか俺はもう限界だ佐助! かつての従者に向かってそう心情を吐露した真田に猿飛は答えて言った。 「いいんじゃないの。次の連休あたりに行ってきたら東京」 ここ数カ月に渡り、悶々とした真田のありさまを見続けてきた猿飛はやれやれといった表情だ。 「旦那方って行動力あるようでいて実はないよねえ。別に海外ってわけじゃないんだし、日帰りだっていいじゃん。東京行ってメシ食う一時間や二時間くらいなら向こうだって都合つけてくれるでしょ」 猿飛の言葉はもっともである。その程度であれば今までいくらでも機会はあった。だが――真田は首を振る。 「……それでは駄目なのだ」 「なんで? エッチできないから?」 「ば…ッ! そうではない!」 あからさまな物言いに真田は顔を赤くして反駁する。猿飛は呆れた表情のままだ。 「……数時間などではとても足りぬ」 「そういうもんですかね。数十時間も数時間も変わらないように思えるけど」 ある意味、猿飛の言うとおりだった。たとえ数日会えたとしてもさらに餓えることになるのは目に見えている。 だが、数時間ではあまりにもせつない。それではかつて川中島であいまみえたときと少しも変わらぬ。 黙考し始めた真田の肩を猿飛が軽くいなすように叩いた。 「とりあえず約束を取り付けちゃいなよ旦那。きっとそろそろ神様も気が済んだ頃合いじゃないの? 意地悪せずにいてくれるって」 冗談めかした猿飛の台詞を半ば本気で真田は信じたくなる。もうかれこれ半年も伊達の顔を見ていない。 離れて過ごすことには慣れている。だが、ようやっと何のしがらみもなく会える立場になったというのにこれではあまりにやるせない。 もし万一、次も叶わなかった場合は、猿飛の言うように押し掛けてしまおう。真田はそう心に決めると幾度目かの約束を伊達と結んだのだった。 その覚悟が幸いしたか、それとも猿飛曰くの神様が潮時だと思ったものか、真田の不安をよそにして、これまでの頓挫が嘘のようにあっさりと約束の日は当日を迎えた。 * 「手土産オッケー、着替えオッケー、はい、行ってらっしゃい」 真田を駅まで車で送った猿飛は荷物を次々に手渡して、最後に言った。 「竜の旦那によろしくね。若さに任せて暴走して、あんまり無理させちゃだめですよ」 「……おぬしは人を何だと思っているのだ」 「やりたい盛りの高校生」 からりとした口調でそう言った猿飛を真田は眉を顰めて睨めつける。 「……佐助。下品であるぞ」 「事実でしょうが。ましてや何度もお預け食ってたんだぜ。俺様、竜の旦那の身がもつか心配」 「ひとをけだもののように言うでないわ!」 「そりゃあ失礼いたしました、っと」 飄々とした仕草で肩をそびやかす。いたって、いつもどおりの猿飛だった。だが、急にふと黙り込む。 どうした佐助、と真田が声をかけようとしたのとほぼ同時だった。 「楽しんでおいでよ旦那」 猿飛はその口許に柔らかな笑みを浮かべる。稀に――本当に稀にだが、猿飛が今生で見せる表情である。 「せっかく生まれた泰平の世だ。心のまま、存分にね」 「佐助……」 そこには贖罪に似た色がある。そのことに真田は前々から気づいていた。真田が伊達と再会を果たしてからはそれがますます顕著になった。 それを己が問い詰めたところで認める猿飛ではないだろう。だから真田は代わりの言葉を口にした。 「ありがとう。感謝する」 猿飛の背中に手を回す。抱きつくというより抱き寄せる姿勢になって、猿飛が笑い含みの声で言った。 「おおっと。こういうのは独眼竜の旦那にしてやりなよ」 「馬鹿者。これとそれとは別物だ。知っておろう」 「そうは言ってもね。あのひと実は結構、嫉妬深いよ。それを顔には出さないだけでね」 猿飛は何やらわかったふうな口を聞く。己は訝しげな顔をしていたのだろう。猿飛はいつもの人を煙に巻く笑みを浮かべて言った。 「旦那が思う以上に旦那は愛されてるってこと。さ、早くしないと電車に乗り遅れるよ」 (本文より一部抜粋) |