ネットアイドル伊達ちゃん(二次元)に夢中な真田が、リアルで出会った政宗殿(三次元)と恋愛するお話です。 あの日も昼間は暑かった。 ようやく陽が沈み、あたりが薄闇に染まった頃、仕事に一区切りついた真田は食糧の買い出しと夕涼みを兼ねて部屋を出た。手には新作のポータブルゲーム。自宅ではこの手の携帯型ゲームをやらないと真田は決めている。すぐに手を出してしまえる気軽さが仕事の障害になるし、何よりあの狭い部屋に一日中篭っていたくないという気持ちがあった。 その晩もいつものようにコンビニで適当に飲み物と軽食を買い、コンビニ前のガードレールに腰かけて、しばしの休憩時間を満喫していた。まるで家に帰りたくない中高生のような姿だが、家に帰りたくないという点では同じだ。学生に間違えられて補導されかけたことも何度かあるので、以来、必ず免許証は携帯している。それを提示された相手は真田が二十代、しかも後半にさしかかろうという年齢だと知るとたいてい驚く。失礼な話だと真田は思っている。 今夜はまだ深夜という時刻ではないので、職務に熱心な警察官から声をかけられることもない。真田は心置きなくゲームに没頭していた。 ステージクリア最後のボス戦に夢中になっていた真田の耳にそれはいきなり飛び込んできた。 「しらばっくれんなよ」 何か揉めているような複数の声に顔を上げる。コンビニの自動ドアが開いて何人か男が出てきた。集団が駐車場に向かうにつれ、脅しかけるような声音になる。 複数の人間が誰か一人を取り囲んでいるようだった。 「お前、伊達政宗だろ」 その単語を耳にした途端、真田は腰を浮かせてガードレールを蹴り、走り出していた。 「何をやっているのだ、そなたたち」 コンビニ店内から漏れた明かりに照らされて各人の顔形が見て取れた。男たちは真田のほうを揃ってぎろりと睨みつけている。皆、若い。真田よりは確実に年下だろう。その彼らから取り巻くように囲まれ、腕を掴まれているひとと目が合って真田ははっとする。 「お前も知ってんの。コレ、伊達政宗だぜ」 真田の反応を見て、男たちの中のひとりが口にした。睨みつけていた面々が今度はにやにやと笑い出す。 「馬鹿を申すな!」 真田は一喝した。 「伊達殿がこのようなところにおられるはずはござらぬ。そなたたちとて、それは承知しておろう!」 男たちの顔から笑みが消える。 「かのひとがかのひとたる証し、トレードマークの眼帯すらしておられぬではないか! 人違いも甚だしい」 今度は真田が彼らを睨みつける番だった。 「なにより当人の許しも得ずに身体へと触れ、腕を掴み上げるなど! その無礼千万な振る舞い、許しがたし」 「何言ってんだオマエ」 真田の乱入と時代がかった物言いに呆気に取られていた男たちはすぐに威勢を取り戻し、殴りかかってきた。 それを真田はあっさりと封殺した。武術については師範の武田に幼い頃から直接師事していた真田である。多勢に無勢でも問題はなかった。 「そなたら、人を殴ることに慣れておらぬな」 淡々とそう口にすると、相手はその真田の落ち着きぶりにかえって震え上がったようだった。皆、立ち上がると一目散に逃げ出す。一言、釘を刺しておこうと思っていたが、そんなひまもなかった。拍子抜けして立っていた真田の背後から短い口笛の音がした。 「アンタ、すげえな」 低く、少し掠れたような声音。 そこであらためて真田は絡まれていたほうの人物へと向き直った。 すらりとした体躯の青年だった。真田よりも少し背が高い。取り囲んでいた若い男たちとは対照的に彼の風貌はひどく落ち着きを感じさせるものだった。すでに社会に出て仕事をしている大人の顔だ。 遠くまで届くコンビニの白々しい明かりと駐車場の弱い照明の両方で、その面が照らし出されている。印象的だったのは、その涼やかな目許だ。真田はごくりと息を呑んだ。 「お許しくだされ。貴殿には何の責もござらぬというのにこのような仕儀に相成りまして」 「なんでアンタが謝るんだ。知り合いじゃねえんだろ」 「知り合いではござらん。だが、伊達ちゃんファンのひとりとして、あのような輩が一般の方にご迷惑をおかけするのは捨て置けぬ」 「伊達ちゃん……て、なにそれ」 彼は形のいい眉をわずかに顰めて真田を見た。 「あ、いや、その……これは某の勝手な呼び名でして……」 真田はうろたえたが、そもそも彼は元の存在そのものすら知らないだろう。何も知らない一般の人に見せるのは、と一瞬躊躇したが、すでに彼は迷惑を被っている。理由の一端を正しく把握するのは必要なことだ。真田は意を決し、ひとり頷いた。 (中略) 夜、ソファに座ってテレビを見ていた真田の横へ自然な動作で伊達も腰かけた。面白いのコレ、まあまあですな、そんなやりとりを交わす。真田が見ているのは新技術を紹介する経済番組だ。伊達も仕事柄、こういう特集は興味のあるほうだが、今夜はそれどころではない。 せっかく一緒に暮らしているというのに真田は頑ななまでに寝室でしか手を出してこない。それも夜に限っての話だ。どちらかが仕事で就寝時間が遅くなるときや、伊達が外で飲んで帰ってきた日などは当然除外される。古風というか律儀というか、これでは同棲を始めた意味がない。伊達は焦れた。焦れるあまり、ついに行動に出ることにした。 伊達はちらりと横目で真田のようすを窺った。じっと画面を眺めてはいるものの、真田は少々退屈しているようだった。それが証拠に、背もたれに身体を預け、ソファに深く沈みこんだ姿勢でいる。真田は何かに夢中なときは大抵わかりやすく前のめりになる。 伊達も真田と同じようにソファへともたれかかった。そうして、さりげなさを装いながら真田の肩へと寄りかかる。 びくりと真田の身体が強張った。それまで弛緩しきっていた全身の神経が一気にこちらへ向かって集束されるのがわかる。中学生じゃあるまいし、伊達は笑ってしまいそうになるのを堪えて、さらなる攻勢に出た。 今度はいささか大胆に真田の手を取り、指先を絡める。そのままじっとはせずに悪戯を仕掛ける手つきで動かして触ってやった。 「ま、政宗殿……」 たまりかねて真田が声を出す。横向くと目が合う。 野暮を咎めるように伊達は真田の唇に人差し指を押しつけた。素直な真田はそれで黙る。伊達が声もなく、にこりとただ微笑むと真田が頬を赤らめた。うぶな反応だ。 そっと口づけると、戸惑うようだった真田がようやく唇を開いた。この手のタイプにはあまりにあからさまなのはいけない。伊達は決して急がず、控えめに真田を煽ってみせた。 徐々に真田の理性が飛んでゆくのが手に取るようにわかる。伊達の腰に回された手に力が入る。相変わらず真田の胸の鼓動は忙しないが、それだけ興奮している証でもある。このままいける。手応えを感じる真田の反応に伊達は内心でほくそ笑んだ。 (本文より一部抜粋) |