アニメ第一期をベースとした転生もの現代パラレル。「Let it all out」「花は桜 君は美し」「つないだ手」「寒椿」の完結編となります。




「政宗殿!」
 駅の改札を出たところで背後から声をかけられた。
 そのような堅苦しい敬称でもって現在の伊達を呼ばわるのはたったひとりだ。それでも不意を突かれた驚きに振り返ると、その勢いに声をかけたほうの相手も少しばかり怯んだような仕草を見せた。
 果たしてそこに立っていたのは伊達が思う人物であった。目が合うと真田は安堵の表情を見せ、こちらへと駆け寄ってくる。
「珍しきこともあるものですな」
「ああ」
 伊達と真田が使う最寄りの駅は同じだが、時間帯が異なるせいか、これまで偶然にかち合うようなことはなかった。
 そのまま、二人並んで歩き出す。
 地下を走る路線の小さな駅だ。改札を出て階段を上がれば、大きな幹線道路が目の前を走るだけで駅前の施設などはとくにない。数十歩で住宅街の中だ。降車人数はそれなりに多いが、めいめいが四方へと散っていくので、すぐに人の姿もまばらとなる。幾度か角を曲がれば、前後に人はなく、いつのまにか伊達と真田の二人きりとなって路地を歩いていた。
「まだまだ夜は冷えますな」
 真田は相変わらずの薄着でいながら、そんなことを口にする。確かに風が吹けば冷たいが、それでも春の夜はどことなく空気が柔らかい。
「少し肌寒いが、それがいい」
「なるほど。お国の気候に似ておるやもしれませぬな」
「ああ、それもあるな」
 交わす言葉はさほど多くない。だが、傍らの暖かな気配はぴたりと伊達の歩みに寄り添っている。
「なあ真田」
「はい」
「……いや、なんでもねえ」
 一緒に同じ場所へ帰るってのも悪くねえもんだな――口に出して言いかけた言葉に、直前で我に返り、気恥ずかしさが一気に募った。外灯の明かりが少ない通りでよかった。そうでなければ真田に異変を察知されていたに違いない。
「政宗殿」
「なんだ」
「このように二人揃って等しき住まいへと帰宅する。幾度か想像したことはあり申したが、こうして実際にやってみると、実によいものにござるな」
 伊達にとっては思考を読まれたようなばつの悪さだが、真田にそのつもりはないのだろう。心から感嘆しているさまで呟いた。
「某には奇跡のようにすら思えまする」
「――ああ」
 こればかりは伊達にも真田の言うことが大袈裟には思えなかった。
 逢瀬のあとには必ず別れがあった。それは前世も現世も変わらない。後者は再会の約束が現実味を帯びていただけマシだが、次への期待がある分、別れ際の切なさは増した。
 明日も明後日も――その先の遠い未来まではわからない。だが、今は少なくとも明日の朝を等しく迎えることはできるのだ。甘やかでいて狂おしいような思いが胸中を満たす。
 駅から自宅までの、いつもは面倒に思うときもあるこの距離が今だけは貴重なもののように感じる。もっと長く続けばいいのに、柄にもなくそんなことを思った。


     *


 よほど、あの晩の出来事が印象に残ったのだろうなと、伊達は他人事のように考えていた。
「お許しくだされ……よもやこのようなことになろうとは」
「テメエのせいじゃねえって言ってんだろ」
 伊達は自室のベッドに横たわった姿勢で真田を見上げ、口にした。風邪のウィルスを貰ってきたのも、免疫力を低下させたのも、すべて己の責任だ。そして今の季節を甘く見て、薄着で出かけたのも自分なら、そんな格好のまま駅で真田を待ってしまったのも自分自身だ。己の意志でそうしたいと願った。あの晩のような時間を再び期待した。
 真田は先に帰宅した場合は必ずメールで一言連絡を寄越す。伊達が最寄り駅に着いたとき、真田からのメールはまだ届いていなかった。
 電車が到着して乗客が改札口からどっと吐き出されてくるたびにその人の波に視線をやった。あと一本、あと一本と到着を待つうちに見切りをつけることができなくなった。何よりそうやって真田を待つことが楽しかった。己がそんな心境に至ろうとは意外だった。
 最終的に何本待ったのかは覚えていない。だが、そこそこ遅い時間だったように思う。改札を出てきた真田とほぼ同時に目が合って、伊達の姿に気づいた真田が驚きながらも笑顔で駆け寄ってくる、あの至福。伊達にはそれだけで十分だった。
 しかしその後、真田が思わずといった具合に触れた掌の熱さで、伊達は己の身体が冷え切っていたことを知った。真田も同時に気づいた。帰宅したあと、とにかく身体を温めてくだされと強引に風呂へと連行されたが遅かった。
 湯船で十分に温まったはずなのに寒気が引かない。急激な体調の不良を覚え、伊達はそのままベッドへと撃沈する破目になった。
「俺が馬鹿だった。寝てりゃ治る。だからそんな顔すんな」
 真田はすっかりしょげかえってしまっている。自分の帰宅が遅くなったせいだと思っているのだ。
「わり……メシの支度はさすがに無理だ」
「あ、当たり前にござろう!」
「今晩は外で何か食ってきてくれ」
「そのようなことはもう構いませぬから……」
 しょげかえり、眉尻を下げたその表情が可愛らしいと思う。身体はつらいが、気持ちはさほど沈んでいなかった。不調のときに気を許した誰かがそばにいてくれるという安堵を久々に感じているせいだろうか。
「政宗殿、熱があるのではござらんか」
 真田の掌がそっと額に載せられる。真田の表情が急に険しくなる。これはいけませぬな、そう呟いて立ち上がると、部屋を出て行った。





(本文冒頭より抜粋)