転生もの現代パラレル。真田は受験生、筆頭は東大生で真田の家庭教師です。 真田は門を見上げている。 朱塗りの大門だ。 夢を見ているという自覚はある。見覚えのあるこれは東大の赤門だろう。受験生にとって憧れの象徴。いつか己も東大生となってこの門をくぐるのだ。 だが、なぜか目線が異様に高い。不思議に思って足元に視線を落とすと、己は騎馬に跨がっているのだった。 もちろん現実世界で馬に乗ったことなどない。 さすがは夢だなと思っていると、後方から風が吹いて何か赤く動くものが目に入った。 鉢巻きだ。己の後ろ髪とともに赤く長い布が風に煽られ、たなびいている。 そうしてあらためて己の格好を確かめてみれば何やら異様な風体である。赤い色をした革の派手なジャケットを素肌に直接羽織り、白地に炎の意匠が施された袴らしきものを穿いている。さらには、それらの上から篭手や脛当てといった防具のようなものを身につけているのだ。 極めつけは背中の槍だ。己は二本の長槍を交差させて背負っているのだった。真田は握っていた手綱から両手を離し、自然な動作でその柄を掴んだ。ひどく手に馴染む。目の前の門と同じ、朱塗りの赤い槍だ。 真田はそれを構えて、ぐっと前を睨みつける。 大門の扉が中へ向かってギギギと重い音を立てながら開いてゆく。 興奮に胸が高鳴る。 この門の先に欲してやまぬひとがいる。 肺に息を吸い込む。腹の底に力を溜め、一気に押し出す。 「我こそは――」 真田はふと道端で足を止め、眼前の光景を何の気なしに見つめた。後ろから来た自転車を避けつつ、肩のデイパックを背負い直す。教材がぎっしり詰まったそれはかなりの重量がある。 赤門の前で観光客とおぼしき親子連れが写真を撮っていた。子どもといっても真田とそう変わらない年頃の女子学生だ。中学生なのか高校生なのか、外見で人の年齢に見当をつけることが苦手な真田にはわからない。相手が女子ならばなおさらだった。 門をバックに記念撮影を終えると、親子は開いている通用門を通って中の敷地へと消えていった。両親は上質そうな冬物のコートを着込んでいた。きっと遠方から見学に来たのだろうな、と思う。今日は日曜日だ。 真田はまだあの門の下をくぐったことは一度もない。門の前の道は何度も、それこそ数え切れないくらい通ったことがあるが、門の中へと入ったことはない。いつもこうして遠くから眺めるだけだ。 『せっかくいつでも気軽に行ける場所にあるんだから一度くらい中に入って見てきたらいいのに』 『実際にその場に立つことによって夢が現実味を帯びるという効果もあるんだぞ』 周囲からはさまざまな助言をもらったが、どれほど人に薦められようとも真田は頑なにその門をくぐろうとはしなかった。 あれをくぐるのはまだ早い。そう心に決めていた。 なんのことはない。ただ意地になっていたのだ。きっと自分の知らない世界がそこには広がっている。そんな憧れを憧れのままにしておきたい気持ちもあった。 もし理系を選んだならば、どうせ学生になる前に試験でこの本郷キャンパスを訪れることになる。それを思えば場の雰囲気に慣れ親しんでおくことは大切かもしれない。だが、まだ今はいいと真田は思う。まだ、いい。 こだわりゆえか、夢にはよく出てきた。夢の内容は具体的には覚えていない。ただ、また赤門の夢を見たなという感覚だけが残っている。勉強疲れかとも思ったが、不快な夢ではないので気にはしていない。 「いかん。ぼんやりし過ぎた」 腕の時計を見て真田は駆け出した。針は正午を回っている。腹をすかせた連中が待っていてくれるとは思えない。真田はアスファルトを蹴る足に力を込め、速度を上げた。 (本文冒頭より抜粋) |