現代さなだてが異世界(BASARA世界)さなだての元に各々飛ばされるお話です(not転生) 公団住まいの幸村の部屋には家具らしい家具がほとんどない。まず寝床はベッドではない。畳の上にカーペットを敷いた部屋で、その上にさらに布団を敷いて寝ている。箪笥も本棚もない。持ち物は一切合財押し入れの中に仕舞い込まれている。その押し入れの中もハンガーラックと収納ケースが少しあるだけでガラガラだ。唯一の家具といっていい炬燵がダイニングテーブルであり、学習用デスクでもある。好んでそうしているというより、そもそも興味がないように見受けられた。生きていければなんでもいい、というタイプである。 家電は冷蔵庫と洗濯機、そして電子レンジのみ。最初は電子レンジもなかった。政宗が入り浸るようになってからのことだ。不便だ買えよと言い続ける政宗に折れる形で購入したのだった。自炊はしているが、炊飯器はない。一人分なら土鍋で炊けば十分だと幸村は言う。一人暮らしにも関わらず洗濯機があるのは意外だったが、近所にコインランドリーがないので仕方なく中古で手に入れたものらしい。今では目にするのも珍しい、二層式の懐かしくもレトロな型だ。 政宗はここに来るたび、落ち着くと同時に不安になるという奇妙な感覚を味わう。 同い年なのに俗世から隔たりをおいたような幸村の佇まいはかえって新鮮で心地よい。一方でその異質さが物慣れなく、政宗を緊張させる。しっかりと繋ぎ留めて置かねば、ふわふわとどこかへ流れてゆきそうな稀薄さが幸村にはあった。 棟と棟の間が十分に取られた公団住宅なので、日当たりだけはすこぶるいい。ベランダに面した部屋には朝陽がさんさんと降り注ぐ。一方ベランダ側とは逆の、寝室として使っている六畳間には今、カーテンの隙間から夕陽が差し込んでいた。真冬は陽が落ちるのが早い。午前の授業が終わって昼過ぎに部屋に転がり込んでから、そう時間が経ったような気はしないのに確実に太陽は西へと傾いている。敷きっぱなしの布団にまでその橙色の光が手を伸ばしてくる。 政宗はしばらく横になったまま、そのオレンジの縞を見つめていたが、もやもやとした胸のうちは変わらず、身体を起こした。 絨毯の上に脱ぎ捨ててあった制服のシャツを拾って袖を通す。その横で幸村が遅れて起き上がった。ボタンを止めながら、顔も見ずに政宗は言った。 「後悔してんだろ」 「……それは政宗殿のことにござろう。某は――」 「ああ、そうだな。後悔してるぜ」 正面から顔を合わせていなくとも、はっと幸村が息を呑むのが気配でわかった。 後悔しないはずがない。 「アンタにそんな顔させちまってるんだからな」 初めての行為は散々な結果に終わった。 まだ早いと尻込みする幸村に対し、強引に押し進めたのは政宗のほうだった。俺がいいって言ってるんだからいいじゃねえか。最後はほとんど脅すようにして行為に及ばせた。幸村は本意ではなかったはずだ。 いったい何をあれほど焦っていたのか。――自問するまでもなく答えはわかっている。だが、それを幸村に伝える気はなかった。 「みっともねえし、馬鹿みてえだし、これでお前がもう二度とその気にならねえっていうんじゃ……」 「そのような意味で申したのではござらぬ!」 「萎えたって言ってるのと同じなんだよ」 「そうではなく……ッ」 幸村がさっと顔を背ける。そうしてそのまま俯くと、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてみせた。 「某は政宗殿のお身体を痛めつけたいわけではないのだ」 「痛めつけられてるつもりはねえよ。勝手にそうと決めつけるな」 幸村が黙り込む。二人の間でこんなふうに口論になると、先に黙るのは口が達者ではない幸村のほうだ。だが、その沈黙は重い空気となって政宗を言葉以上に圧迫するのだ。さらに今は身体の不調が追い打ちをかける。慣れない行為にきしんだ身体は、政宗の精神の余裕をも奪っていた。このまま会話を重ねても不毛な結果にしかならないのは目に見えていた。 「もういい。今日はもうやめにしようぜ」 (本文冒頭より抜粋) 「いたか?」 「こっちに追い込んだのは確かだけどね」 ふと耳に聞こえてきたのは人の声で、政宗は安堵した。こちらに近づいてくる気配がある。彼らを呼び止めて、いったいここがどのへんになるのかを教えてもらおう。そう思ったときだった。 赤い。突如、政宗の視界に飛び込んできたのは鮮やかな赤だった。 唖然とする。 赤色の正体は人が身につけた甲冑のようなものだった。異様な風体で現れた人物に釘付けとなったあと、それを纏っているのが幸村であることに驚いた。 「お前……なんだ、そのカッコ」 見知った顔、しかもそれがほかでもない幸村だということに政宗の心はほっと緩んだ。だが、それも束の間、すぐにあたりに漂う異様な雰囲気に気がつき、息を呑む。政宗を見て相手はあきらかに驚き、訝しんでいる。警戒と言ったほうが正しい。 「幸村……だよな……?」 目の前の相手がぴくりと反応した。やはりこれは幸村なのだ。その幸村の隣には見たこともない男が立っていた。こちらも何やら異様な出で立ちである。迷彩柄の変わった衣服だ。顔には迷彩服と同色のペイントがされ、鉄製の防具のようなものを顔周りに装着している。ミリタリーマニアなのだろうか。だが、こんな友人がいるなど話に聞いたことがない。 本当に幸村本人なのか。 疑念を覚えたとき、目の前の相手が初めて口を開いた。 「……これはいかなるおつもりで?」 声も同じだった。少し低めではある。他人の空似というにはできすぎている。だが、何かが引っかかる。 「今日はまた一段と変わった御衣装ですな。まさか、おひとりであられるか。供の者はいかがしました」 「とも……?」 何を言っているのだろう。首を傾げた政宗を相手の男は注意深く見守っている。その男がはっと息を呑んだ。 「そなた右目が……」 「え……」 右目と言ったか。右目がどうかしたというのだろうか。政宗は両目を瞬かせる。長めの前髪を払って右目の瞼に触れてみる。感じられる違和はない。 「待て旦那。ようすがおかしい」 「見ればわかる」 「だから待てって!」 瞬く間に政宗は再び落ち葉の上に倒れ込む姿勢になっていた。先ほどと異なるのは、身体の上に赤い男がのしかかっていることだ。 「貴様、何者だ」 赤い男の向こうで、迷彩服の男が額に手をやるのが見えた。そのようすが目に入ったのはひとえに眼前から視線をそらしていたがゆえだ。見てはいけない。本能的にそう思った。首もとに押し当てられているものがなんであるか。まともに目にすれば恐怖で我を失ってしまいそうな予感があった。 「問いに答えよ」 政宗の上に馬乗りになった男が言う。その響きはこの上もなく冷たかった。 「幸村……」 「貴様にその名を呼ぶ許しを与えた覚えはないぞ」 「幸村じゃないのか……?」 男がはっきりと眉根を寄せた。 「さては、あやかしの類か。だが、ぬかったな。うまく化けたつもりか知れぬが、かのひとの最大の特徴である隻眼を忘れておるわ」 男は政宗の右目を見ている。射抜くような鋭い眼差しに耐えかね、政宗は目をそらした。すると、視界には刃物の煌めきが映る。日本刀とは異なる。これは槍だろうか。政宗は先ほどからずっとその穂先を喉元に突きつけられていた。 「それとも本当にご本人であられるか?」 相手もこちらを知った者であるかのような口ぶりだ。だが、まるで噛み合わない。事態の異様さを把握すると、胸を打つ鼓動が早くなる。逃げなければ――そう思った。彼らは危険だ。 「なあ、旦那。ちょっと落ち着こうぜ。どうもおかしい」 もう一人の男に声をかけられ、ようやく赤い男が槍を降ろした。そのまま槍を傍らの男に預けると、立ち上がる。身体が自由になったその一瞬の隙をついて、政宗は身体を返し、走り出した。 (本文より抜粋) |