「朔」の番外編となります。




 理論理屈は不明だが、ああいった現象が起きるということは逆とてまた然りなのだ。
 そういうことを政宗は考えている。目の前には赤い男。相も変わらず色鮮やかである。原色の世界を思い出す。今より半年ほど前、真冬のさなかに政宗がまったくの不意打ちで飛ばされた世界だ。季節は巡り、今度はこの男のほうからその世界の片鱗を持ち込んだというわけか。
「まさむね、か……?」
 低く掠れているが、聞き覚えのある声だった。
「……ああ」
 まずい。非常にまずい。この男は両手に槍を持っているのだ。その穂先は夏の太陽の光をぎらりと反射し、恐ろしいことに今は誰かの血に濡れている。戦の季節が始まっているのだろう。その出で立ちから、おそらく合戦の最中であったと思われる。あちらの世界ではそこそこ見慣れたはずの血の色だが、こちらでは別だ。たとえ政宗が平気であろうと、周囲がそれを許さない。
 幸いなことに今、通学路に人気は皆無だ。今日は終業式で明日からは夏休みである。政宗は学校から自宅へと帰る途中だった。うだるような暑さにぐったりとなりながら炎天下を歩いていたら、目の前の景色が急に蜃気楼のようにぐにゃりと歪んだのだった。そして再び視界が元に戻り、焦点を結び直したときにはすでに目の前にこの男はいた。
「ここは……そなたの世界というわけか」
 真田の理解は早かった。ぐるりと首を巡らし、周囲を確認する。政宗にとっては何の変哲もない住宅街だが、この男には珍しかろう。己がそうであったように。何もかもが目新しい。あちらとこちらでは世界のありように隔たりがありすぎた。
 選択肢はごく限られている。政宗は制服のポケットから携帯を取り出した。


(本文冒頭より抜粋)