熱視線
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「ねえ見て見て。次、三上センパイの番よ」
「ホントだァ」
 三上、という言葉に反応して藤代は声が聞こえてきた方に目をやった。
 学園が誇る強豪サッカー部のレギュラー、しかも10番なんて背負っているものだから三上の名前は学年を越えて知れ渡っている。
 監督の教師が甘いのをいいことに自習プリントなどそっちのけ、窓際の女子二人がグラウンドに熱い視線を送っているのにつられて、同じく窓際に座る藤代もその向こうへと視線を向けた。
 グラウンドでは三年生の体育の授業の真っ最中、種目は陸上競技、走り高飛びだった。
 サッカー部一軍なら大抵そうなのだが、三上もクラスの中では背の高い方なので、よく目立つ。
 すらりと伸びた手足、小さな頭、均整の取れた身体つき。
 そして、これもまた言わずとしれたことだが、サッカー部一軍に名を連ねる者は概して運動能力が高い。
 幾人かがバーを落とした高さも、三上は軽々と飛んでみせて、陸上部員の立つ瀬がなくなるのではないかと思われるほどだ。
 もっとも藤代も短距離走では陸上部員泣かせなのだが。

(あ、また……)

 一クラスの人数が少ない私立校では、順番もすぐに回ってくる。
 助走に入った三上がバーの直前で身を捻り、綺麗なフォームの背面飛びを、また披露してみせた。
 かすりもしなかったバーは揺れることもなく。
 それを至極当然という顔つきで見やってから、三上が悠々と立ち上がる。
 横では担当教師が採点をしているのだろう、何かを書き留めていた。
 専門でやったことなどないはずなのに、三上もなかなかに器用な一面をみせる。


「ホントに脚長ァい」
「いつ見てもカッコいいよねーッ」
 グラウンドの三上から視線を引き上げて、藤代は目の前ではしゃぐ女子生徒の姿をぼんやりと眺めた。
 この手の女子の反応は藤代自身、見慣れたものだった。
 サッカー部の練習時にも遠くのフェンス越しにいつだってこんなギャラリーの姿は見つけることができるし、試合ともなれば毎度のように観客席から黄色い声が飛ぶ。
「あッ、こっち見た!」
「やだホントッ?」
 はしゃぐ二人は、しかしすぐに三上の視線の先を悟ったのか、クルリと藤代の方を振り向くと。
「なーんだ、藤代クンかァ」
「そうよねェ。こっち見てるワケないわよねー」
 言われて。
 もう一度、窓の外に目を向けると、確かに三上が半身を捻るようにしてこちらを見上げている。
 目が合ったので手を小さく振ってみる。と同時に藤代がニヘラと笑ってみせると、三上は予想通りケッという表情を返してまた体育の授業へと戻っていった。
「仲イイんだァ」
 何が楽しいのか、藤代と三上のやり取りを見た彼女らはニコニコ笑っている。
「ねえ藤代クン、三上先輩ってどんな人?」
「部活の時とか何、喋るの?」
「何って……」
 あらためて問われると言葉に詰まった。
「――サッカーのことかな」
 やだァそれ以外よォ、とコロコロ笑う彼女たちに藤代はちょっと考える仕種をしてみせてから。
「サッカー以外のコト、話したりしないなァ」
「そういうモンなんだ」
 彼女たちはちょっとつまらなそうな顔をしたあと、やはり窓際へと視線を戻そうとする。
「渋沢キャプテンとは話したりするよ」
「え?」
 こちらを振り向いた彼女らに向かって、藤代はニッコリ笑ってみせた。
「サッカー以外のこともね、たくさん」
「ええッ、例えばどんな?」
 三上と同様に学園の有名人である渋沢の名を出すと、彼女らの目の色が変わった。
 渋沢の名の効果は絶大だ。
 どんな些細な情報だって欲しい彼女らは、藤代の机の方へと身を乗り出してくる。
 コイツら授業中だってことすっかり忘れてんな、と思いながら、藤代は『とっておきの渋沢キャプテン秘話』を話してやる。
「ウソーッ。渋沢先輩が?」
「いいコト聞いちゃったァ」
 自分のした話に夢中になっている彼女らを目に映しながら、今はもう注意を払われなくなった窓の外に藤代はちらりと視線を走らせる。
 やはりすぐに三上の背を見つけて――藤代はひとり、ほくそ笑んだ。



□□□



「先輩よく気づきましたね」
 放課後、部活に向かう途中の三上の姿を見つけた藤代は、すぐさま駆け寄って、隣りを並んで歩く。
 自習時間中の出来事を思い出したように話す藤代に、三上も「あれか」という顔をして。
「視線感じたんだよ」
「ああソレ、オレじゃないッスよ?」
 藤代は否定するよう目の前で手を振ってみせる。
「見てたのはオレじゃなくて前の席の女子」
「あっそ」
 三上は興味なさそうに呟いた。それから、やっぱり素っ気ない口調で。
「俺も別にオマエを見てたワケじゃねーよ」
「ふうん。そうなんだ」
「………」
 三上の早足に軽々ついてゆくことができる人間は少ない。
 藤代はもちろんその少ない人間の中のひとりだった。





「嘘。ホントは見てましたよ、ずっと」
「………」




 三上の横顔を見つめながら、藤代は言う。
「なんか癪だったんだモン。三上先輩をあんなふうに見ていいのはオレだけなのに」
 一方の三上は視線を前にしたまま、スピードを落とすこともなく、ずんずん歩いてゆく。
「やっぱり、あのスケベそうな視線はお前か」
「エヘヘ。感じた?」
「バカ」
 軽く頭を小突かれて。


「先輩もウソでしょ?」
「何が」
「ホントはオレのこと見てた」
「―――」
 三上の脚がふと止まる。
 並んで歩く藤代も三上を追い越すことなく、ゆっくりと歩みを止めた。
 校舎からもグラウンドからも死角になる、角を曲がったところ、ロッカールームの少し手前。
「……自信過剰なんだよ」
 呆れた声音に含まれる、幾許かの甘さ。
 横向いた視線の意味するトコロ。
 藤代は少し笑って――ゆっくりと三上の顔の前に近づき、その唇に自身のそれを重ねた。























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610hitの高崎藤司さんのリクで『(藤三で)甘っちぃの。でも、学校で何気にエロっちいの。』でした。
オマケ。