rainy ---------------------------------- 「うわッ、さっきまで降ってなかったのにー!傘持ってきてないッつーの」 ポンと傘を開いて寮の玄関を出てゆきかけていた三上は、つい条件反射でその声に振り返ってしまった。 目が合って、しまったと思う。 自分と同じ制服姿の藤代。ネクタイは結びかけ。鞄の口は開いている。 これでトーストでも口にくわえていたら完全に遅刻寸前の青少年というカンジだが、生憎、朝は寮食なのでそれはない。 トントンと爪先を地面で蹴るように叩いて革靴を履き、三上の横に立つ藤代は、だが三上が思う台詞を口にしなかった。 ただ目の前の雨に掌を仰向けにかざして。 途方に暮れたように灰色の空を見上げている。 その目線は、まるで三上が視界に入っていないかのようだった。 「すげー降ってる」 どうして言わないんだろう。 「やまないかなー」 一言でいいのに。 「部屋まで取りに戻ればいいだろ。傘」 耐えかねて口にすると、藤代はあっさり答える。 「んなことしてたら遅刻しちゃいますモン」 一言でいいんだ。 渋沢や笠井には言うだろ、オマエ。 「もういいや。このまま走って……」 走り出そうとした藤代の背中の制服の布地を三上はぐっと掴んで引っ張る。 「バカ。いくらオマエの脚でも校舎に辿りつく頃にはズブ濡れになるだろが」 持て、というように三上は差した傘の柄を藤代に押しつけた。 「入れてくれるんスか?」 少し驚いたように目を丸くする藤代をちらりと横目で見て、三上は歩き出す。 「ちょ、先輩、濡れますって……!」 慌てて三上から渡された傘を持って藤代が追いかけてきた。 「キャプテンはどしたんです?」 別にいつもいっしょに登校してるわけじゃないんだけどな、と内心で思いながら三上は答える。 「……なんかクラスの出し物の朝錬だと」 「おお、文化祭!」 藤代が拳をポンとうつ真似をして、その拍子に差していた傘が揺れた。 「おい!テメ…ッ、かかったじゃねえか!」 流れ落ちた雨だれが肩を濡らしたことに三上が文句を言うと、 「だって先輩、もっとこっちに寄ってくれなきゃー」 そう言って傘を差す手を持ち替えた藤代に、肩を抱き寄せられた。 背中越しに回った藤代の腕、掌が制服の上から三上の二の腕を掴む。 「こうしてるとなんかラブラブカップルみたいッスね」 「くだらねえこと言ってないで離せ」 「離したら濡れちゃうでしょ」 「じゃテメエがもっとあっち行け」 溜め息混じりに口にした三上に、藤代が胸を張って言った。 「二人が雨に濡れないためには、こうしてくっついてるのがいいんです」 「…………そうか?」 「三上先輩?」 「傘がもう一本あれば済むことなんじゃねえ?」 「―――」 「そしたら別々に――オマエも好きなトコに行けるだろ」 腕を抱かれたまま、三上は感情のない目で藤代を見上げた。 「どうして」 三上の言葉に、藤代が笑う。わざとらしい笑みだと三上は思った。 「そんな寂しいこと言わないでくださいよ」 「最初に走っていこうとしたのは誰だよ」 俺を置いて。 「すねてんの?」 「別に」 そっけなく返した三上に、藤代は首を傾げる真似をしてみせて。 「でもオレはー、三上先輩がオレを自分の傘に入れてくれて嬉しかったよ?」 「雨がしのげるなら誰の傘でもよかったんだろ」 「……そんなことないですよ」 藤代が苦笑する。 「例えばさっき寮の玄関に笠井と渋沢と俺がいたら、お前誰の傘に入る?」 「はァ?」 「誰の傘に入れてくれって頼む?笠井か?それとも渋沢か?」 「何言ってんですかアンタ」 「何言ってんだろな」 雨に濡れた革靴の爪先を見つめながら、三上は自嘲の笑みを浮かべた。 こんなことは慣れっこなはずなのに。 「あ、もうここでいいッス。じゃ!」 校舎が見えてきたと思ったら、いきなり三上の手に傘の柄を押しつけ、藤代は言った。 「おい……!」 そのまま二年の校舎に向かって駆け出してゆこうとする藤代の背に、三上は手を伸ばしかけ――すぐにそれを引っ込めた。 「ありがとうございましたーッ!」 走りながら振り返りそう叫んで、藤代の手前を横切ろうとしていた教師とぶつかりそうになる。 何か小言を言われてるのだろう、藤代が頭の後ろに手をやって教師に謝ってる姿が目に入り、そして三上に気付いたのか藤代がこっちに向かって手を振ってきた。 三上はくるりと踵を返す。 藤代。お前も渋沢といっしょだな。 望まないんだ、他人に何も。 いや、渋沢は他人に「して欲しい」と望まれることを望むから、まだマシかもしれない。 藤代は誰の欲求も望まない。何も望まない。 あんな、ささいなことですら。 俺に頼みもしないんだ。 選ばれないこと、頼りにされないこと。 望まれないこと。 そんなことは慣れっこなはずなのに。 |
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藤代視点upしました → rainy (side:F) |